悟りの一歩

日々の生活の中に悟りがある。悟りとは原因を体験的にしることだと思う。私たちは原因をしることで苦しみ(不安)から開放されることになるのだ。日々の苦しみは、自分の心に、自分が作り出しているのだと思う。原因は自分にあるのだ。その自分の心が変われば、一切の苦しみ、不安から解放され、心は自由になる。それが悟りというものだ。悟りの一歩は日々の反省にある。反省は自分を客観的に見ることで、どこで自分を不幸にしているのか原因を追究することである。原因がわかれば解決の糸口となるわけである。私は子供のころから神経症的な不安に悩まされた。それは主に対人的な不安であり、また漠然とした未来への不安である。人と自分が違っているという感じるとき、また差別されていると感じるとき、また冷たくされたとき、無視されたとき、嫌われていると感じるとき、自分をだめだと思ってしまう。そして落ち込み、人生に絶望する。不安が的中し、ますます不安が増幅される。この世は地獄である。なぜなら、人は善よりも悪を好み、平気で人を裏切るようなことが日常茶飯事となっているからである。自分の中にしっかりとしたものがあれば、不安は解消されるだろう。そのためには本当の自分を発見するしかない。それには日々の日常生活を振り返り、不安の原因をとりのぞくしかあるまい。